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2006年1月11日 (水曜日)

木馬館

昭和20年代わずかなお金で1日過ごせる所は浅草しかなかった、当時映画は2本
立てで2番落ちの映画館は3本立てのところもあり、おまけに入れ替えが無いので
映画を見た後そのまま寝てしまうこともしばしばあった、評判の良い映画は見に
来る客を無制限に詰め込むので立ち見だらけ、大変な思いをして見たのも今となれ
ば懐かしい。

戦前の浅草軽演劇全盛時代はまだご幼少の頃でよく分からないが、戦後映画と言え
ば洋画専門で日本映画はほとんど見なかった、その中軽演劇は実に良く見た、この
ギャップは何処から来るのか、下町育ちの性なのか、若い頃文化は欧米志向なのに
何故か軽演劇や大衆演劇が好きだった。

当時、常盤座か松竹座、花月劇場が軽演劇のメッカで常盤座では、森川新一座、や
劇団たんぽぽ、水の江滝子が、オープニングで夜のタンゴを太い声で歌っていた。
戦後再結成した川田晴久のアキレタボーイズも常盤座で見ている。
向かい側の松竹演芸場ではデンスケこと大宮デンスケ一座が全盛を誇り、花月劇場
には二代目大江美智子、木戸新太郎一座がよく来ていた。
松竹座ではシミキンこと清水金一がマサアキの親父、堺駿二と共演した弥次喜多道
中など、大入り満員だった。

その中、木馬館は映画街のメンストリートからちょっと外れたところにある大衆演
芸場で、昔のまま今も変わらない庶民の貴重な憩いの劇場である。
                                          
木馬館の撮影は、芝居は不可、舞踊の部はOKでホームベージも舞踊の部のみ掲載
している。

                      木馬館 ←写真

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